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開発・製造部長の話その1

〜ヒダさんインタビュー

· 開発ストーリー

ヒダさんキャラ。

 昔から、何か難しそうな構造が好きでした。

こう書くと、開発者になるべくしてなった、幼少の頃から学者気質の頭の良い子供だったように思うかもしれません。

しかし、皆様の想像とはかなりかけ離れた少年だった事をお話ししましょう。

 

 昭和時代に伊勢原市の、両親ともに小学校教師の家に生まれる。

私の父は新しいものや流行のものに敏感な人で、私の記憶にある初めてのテレビは、すでにリモコンで操作できるものでした。父は大学生の頃、当時大変希少だったアメリカ製の大型バイクを操った経験を持ち、廃車屋から車をタダ同然で譲り受け、強烈なバンクを擁した頃の「富士スピードウェイ」でアマチュアレーサーをしていたそうです。

 ビデオカメラ、ビデオデッキ、アマチュア無線機、マシン語時代のパソコン、高級オーディオなど、団塊の世代が憧れたものは、一通り楽しんだ趣味人の家で育った私は、その時代の色々なハイテク機器に囲まれて育ちました。

 

 一方いくら趣味人とはいえ、地方公務員で金銭的に決して裕福ではなかったので、一度買ったものはとても大切にし、テスターとハンダゴテを手に、治せるところは自らいじりながら使っていたものです。当時一般的になり始めたホームセンターも父のお気に入りで、家では見たこともない工具や電子機器などが並ぶ店に、父と一緒に行くことは私の楽しみでもありました。

 

 私は、材料と工具が見つかると組み立てて作ったり、分解してぶっ壊したりしたくなる性質を自然と手に入れたのでしょう。

 

 運動が大の苦手だったこともあり、幼稚園ではなるべく人の影に隠れるようにして目立たないようにしていた地味な子供でした。私の通っていた私立の幼稚園では、全学年が一緒になって一つの課題に取り組む科目があり、自分の好みに合わせて自由にその日の課題を選択できる時間がありました。確か三つくらいに分かれての活動の時、周りの教室からは沢山楽しそうな声や走り回る足音、暖かく先生が指導する声が響き渡ります。その時、私が選んだクラスには私一人しかおらず、ひたすら一人黙々と作業をしていました。

お断りしておきますが、決していじめられていたわけではありません。

 

 材木とノコギリと、釘と金槌に木工用ボンドー。

 

これを切ったり組み合わせたりして「何か好きなもの」を作る課題だったのです。家で父が黙々と壊れた機械と会話していたように、何の変哲もない四角い木のかけらに手を加えることによって、自分にとって意味のある形にすることがとても楽しく、友達と材料や工具の奪い合いをしない、自由な活動を心から楽しんだことを覚えています。

 

 今、その光景を客観的な視点で俯瞰してみると、昼下がり、西日になりかけた光が入る窓辺に、園児が一人、のこぎりを持ち木材を切る音だけが聞こえる、しんとした空間はあまりにもシュールに映ることは容易に想像できます。

 

 小学生になった私は、基本的な性質が変わるわけもなく、相変わらず地味で内向きな子供でした。ただ小学校に慣れてきた頃から、小憎たらしい屁理屈をいつも考えるような変化をしていきます。

 仲良く遊んでいる友達の言葉尻を捕まえて、口に出さなくても「変だ!」と疑義を持ち、皆が盛り上がっているときに疑問を呈す。そのくせ自分で「最高だ!」と思って提案しても、必ずどこかに大きな弱点があり、見事に破綻させる。そんな小学生でした。

 仕方がないのです。

小学一年生の算数「繰り下がりの引き算」の意味が理解できず、隣の子の答えを見て10問10点満点のテストでやっと「1点」を取った程度のオツムなのですから。

 

 学年が上がり、生徒の受け持つ責任の幅が広がってきたときにも、やはり誰かと力を合わせて何かを成し遂げるのではなく、物言わぬ何かと向き合って黙々と作業をするのを好みました。

 

 得意分野は「いきもの係」「便所や排水溝のつまりを直す係(そんな係はない!)」

 

 田舎の学校だったので、ニワトリ、ウサギ、ヤギなど、割と大きなサイズの動物を飼育しており、それなりに、あらゆるモノの存在感も大きく、なり手の希望も二分するのです。そんな動物たちが住み心地よく長生きしてくれるための工夫をすることが好きでした。

 また、築年数の浅い校舎ではあったものの、小学生のすること、水に流すものは過去の過ちだけではなく、流した物によって過ちになることもしばしば。あふれそうになる(超横長)流し台の排水溝に、スッポンとバネドリル付きワイヤーで果敢に挑み、水浸しになりながらすんでの所で冠水被害を回避できたことを喜んでいました。

 

 大勢の友人と一緒に、一どきに何かを楽しむことや、お勉強で良い点数を取ることに関して、あまり興味が無かった私は、しかし、物言わぬ生物や詰まった排水溝という材料と、箒とちり取りやスッポンという工具を見つけると、不便という障害をぶっ壊し、皆にとっての幸せを作りたくなる、幼少の頃身についた性質は、あまり変わっていなかったことを、今になって実感するのです。

 

 

 

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